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日刊知的ぐうたら生活

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写真

最後にドラムのMさんに会った時の写真を見つけてしまいました。ビリー・ジョエルの“HONESTY”が流れる中、絶句して、涙が止まらなくなりました。

彼を思い出しながら、“HONESTY”を練習していたんだけど、泣いてしまって、とても歌えそうにありません。越えなければならない痛みが、またひとつ増えました。
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【 2008/04/22/18/42/50 (Tue) 】 moblog | TB(0) | CM(0)

HONESTY

今日のドラムのMさんの葬儀には、悩んだけれど行きませんでした。密葬ということだし、私よりも、もっともっと親しい人はたくさんいるだろうし、Mさんにはいろいろ複雑な事情があったので、密葬にしたご家族の思いを尊重し、迷惑にならないようにしたいと…。

その代わり、次のライブでは、Mさんが好きだった、ビリー・ジョエルの“HONESTY”を歌おうと思います。天国に届くように…。そう決めて、“HONESTY”を聴いていたら、Mさんがカラオケで“HONESTY”を歌っていた姿を思い出し、初めて涙が出て来ました。

もう二度とMさんには会えないのだ、二度とあの低音の“HONESTY”は聴けないのだ、と思ったら、いなくなったことが初めて実感として湧いてきたのです。覚悟はしていたけれど、とうとう恐れていたこの日が来てしまったんだな…と。

私も最後にMさんにお礼を言いたかった。万一の時には、必ずお礼を言いに行くのだと決めていたのに…。その自分の思いを尊重して、葬儀に行くべきではなかったのか…と思いは乱れます。

人生の中で、出会いと別れは数え切れないほどあるけれど、親兄弟はもちろんのこと、たとえわずかな時間でも親しくしていた人との別れは、いつだって辛い。この痛みはけして癒えることなく、年をとればとるほど積み重なって行くような…。

これからビリー・ジョエルの“HONESTY”は、私にとって特別な歌になるでしょう。
【 2008/04/22/15/54/48 (Tue) 】 moblog | TB(0) | CM(0)

ドラムの死

真夜中を過ぎて、DMXから一通のメールが来た。今頃一体何だろうと思って見てみると、

ドラムのMさんが亡くなった。葬儀は本日密葬で…

という知らせだった。Mさんは、一昨年のジャズフェスでドラムを叩いてくれた人で、とにかくショックだった。まだ実感がないので、悲しいという気持ちも湧いてこないのだけれど、とうとう逝ってしまったんだな…と。

実はドラムのMさんは、癌だった。一緒に練習していた時に、いったんは治ったかに思えた癌が、肝臓に転移した。それでも彼は落ち込んだりせず、一昨年の11月のジャズフェスのステージをちゃんと務めてくれた。私は神にすがる思いで、こっそり花園神社の病気平癒のお守りを渡していた。

その翌年のちょうど今頃、夢だった高円寺のJ吉でライブをやることになったという連絡があり、嬉しくて仕方がないから誰かに話したいという願いを聞いて、曙橋で一緒に飲んだ。彼は本当に嬉々として話をしてくれた。

私も半信半疑ながら、お酒も飲めることだし、元気そうで良かったなと…。ある店では、一緒に出演したジャズフェスのDVDを嬉しそうに見ながら、病気など全くないかのように、本当に楽しく飲んでいたのだ。

その後、J吉でのライブは満員だというので、私は聴きにいけなかったのだけれど、大成功だったという噂も耳に入ったし、本当に良かったと思っていたのだが、秋頃から全く連絡がとれなくなってしまった。周囲でも、入院したんじゃないかと噂をしていたのだが、実際そうだったのかもしれない。転移から約一年。

そして、今夜の知らせ。転移したと聞いた時点で、ある程度は覚悟していたのだけれど、あんまり早すぎる。あれだけ飲んで動いていたのだから、仕方がないのかもしれないけれど、まだまだ若いのに…。いや、若いから早かったのか…。

曙橋で会ったのが最後だった。お守りのお礼が言いたかったのだと彼は言った。嬉しかったと。夢だったライブの件も、悲しい話や辛い話は皆聞いてくれるけど、嬉しい話は聞いてくれない。でも、あなたなら聞いてくれると思ったと…。

彼がキリスト教徒でもないのに、マリア様のメダルを肌身離さず、常に身につけているのを知っている人がどれだけいただろう。私はそれを知っていたから、表には出さない彼の恐怖がわかった。どれほど強く見える人でも、やはり怖いのだ。何かにすがりたかったに違いない。だから私はお守りを渡したのだ。それしかできることはなかったから。

それで良かったんだろう。他には何もしてあげることは出来なかったけれど…。今思うと、あれが彼なりの別れだったのかもしれない。J吉でライブができるなら、思い残すことはないと言い切っていたし、それを実現させることができて、本当に良かった、幸せだったのだと思うしかない。

彼のそれまでの人生など何も知らない。ただ、ドラムがいなくて困っていた私を救ってくれた人。体がきついこともあっただろうなと思うと、申し訳なかったと悔やまれるけれど、彼はドラムが好きだったし、一回でも多くステージで叩けたことを、きっと喜んでいてくれたはずだと思う。

私は気持ちの温かい、彼のドラムは好きだった。一緒にやれて本当に嬉しかった。だから、心の底からの感謝を込めて、ありがとうと言わせて。そして、もう一度一緒にやれなかったのは残念だけど、諦める。ずいぶん辛かっただろうから、ゆっくり休んで欲しい。

さよならNACHEZ!
私はずっと忘れない!
【 2008/04/22/03/57/03 (Tue) 】 moblog | TB(0) | CM(0)