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日刊知的ぐうたら生活

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『銀の森の少年』

この間テレビ(銭金)で、貧乏さんが作っていた「なんちゃって松茸ご飯」を作ってみた。松茸の代わりに、エリンギを入れ、永谷園の松茸のお吸い物で味付けするのだが、お!これはいけそう!と思って、一度ぜひやってみようと考えていたものだ。

今回は、お吸い物を1袋しか入れなかったので、ちょっと風味が足りなかったし、おしょうゆももっと入れれば良かったかなとも思ったが、そのあたりをもう少し改良すれば、「松茸ごはん」として十分通用する。本物の松茸使用の松茸ご飯の10分の1ほどの費用でできてしまうこのアイデアは、非常にグッドです!(^^;


さて、読書中のリチャード・フォード(くどいようだがイギリスの作家)の 『銀の森の少年』 だが、主人公のナブは、赤ん坊のときに銀の森に捨てられた人間の子どもで、アナグマのブロックとタラに育てられる。

銀の森は動物たちがきちんとした社会を作っており、長老とも言うべきフクロウが、ナブをここで育てることは、小妖精王(エルフロード)も認めている、新しい歴史の始まりであるとかなんとか・・・。

そんなこんなで、その新しい歴史の始まりの時が来て、ナブはエルフロードのもとに赴き、自分の使命を知るというところまで行った。

動物ものは好きだが、動物が主人公の話というのは、どれもこれも人間は邪悪なものとして描かれる傾向にあるようだ。これもまた例外ではなく、人間(アーキュー)は敵であるという設定のもとに描かれている。

この本がほかのそういった本と違うのは、森の動物たちと人間が、非常に密接な関係にあるということだろうか。人間との接触が頻繁にある。そして、エルフロードが語る、宇宙の始まりから天地創造、生命の誕生、善と悪の戦いといった物語が、 『指輪物語』 に酷似していることだ。

『指輪物語』での指輪にあたる「力」の象徴は、ここでは「論理の種」と呼ばれるもので、3人のエルフの王たちに授けられるのだが、これを悪の勢力が奪うという筋書きも、指輪戦争以前のことが書かれている 『シルマリルの物語』 などを読むとわかるが、やはり「指輪」にそっくりだ。堕落したエルフがゴブリンになるとか、悪の王が一度は追放されたが、次第に勢力を取り戻し、大々的な戦いになるなどというのも一緒。

おそらく、アナグマやウサギ、キツネといった動物たちは、「指輪」のホビットやドワーフなどという種族に相当し、長老格のフクロウは、ガンダルフなどの魔法使いといったところだろうか。やはり「指輪」を真似ているのかとも思うが、唯一違うのは、「指輪」ではのちに中つ国の王となる人間が、ここでは敵であるというところだ。

しかし敵であるはずの人間であるナブが、今後どういった役割を果たすのか、「指輪」と同様、のちには偉大な王になるのだろうか。そんな行く末が興味深いが、イギリスの森というのは、誰しもそんなような物語を考えずにはいられないような、不思議な力があるのかもしれないなと思う。やはりこの作家はアメリカ人ではないと納得する部分だ。
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【 2004/11/11/21/00/57 (Thu) 】 読書と日常 | TB(0) | CM(0)
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